2008年9月7日著 「上海旅行のお薦めスポット」
ここでは、過去の上海がどのようにして現在のような国際都市になっていったのか、そしてこれからの計画を知ることができる。 疎開時代前の『豫園』から疎開時代の『バンド地区』、そして1980年以降に”20年で4倍の成長”の中国の経済成長を牽引してきて現代の上海の都市をわかりやすく理解できる。左の写真は、上海の国際的な発展を象徴する『浦東地区』の1930年代と現在の写真であるが、こういう写真と過去の都市計画を理解することができる。東京にもこうした都市計画館があればいいのになとも感じた。関東大震災前にどういう暮らしをしていたのか、そして東京オリンピックを境にどのように都市と生活が変わっていくことができれば、郷土愛と今後の成長への期待も共有化できると思った。
この建物は2010年の上海万国博覧会の誘致が決定したときにできたものらしいが、それ
以前から計画されてきた上海の都市計画を理解できる場所となっている。右の写真は見づらいが「New town plan in the 10th 5year plan of Shanghai」(10番目の上海都市開発5カ年計画)と書いてある。こうした説明パネルや写真、数十坪の大きさの都市計画模型も多数あり、上海の過去と現在と未来を堪能することができる、私のお薦めスポットである。
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あとがき:
この"10th 5Year plan"という言葉を見たときに、「この国は5年単位で成長目標をダイナミックに掲げ、それを実行する意思があるんだあ」と感慨深くなった。日本はどうなのだろう。中国人と日本人は国際的に見て似ている部分とまったく異なる国民性(性格傾向)があると考えられるが、「国民と政府指導者の関係」については大きく異なると考える。日本ではあらたな政策・革新的な政策に対し議論議論が盛んというか時間を費やしすぎて、あらたな抜本政策を立ててもその猶予期間で5年かけ実施はその後徐々に・・・、という傾向があり、1990年代から議論されている年金問題や小さな政府や地方分権はいまだ議論の段階にある。
中国は5年単位で成長目標を掲げ”五年一昔”ともいえるようなダイナミックな社会インフラ変化をして、市民もその生活変容を受け入れている。日本はどうなのだろうか。”十五年一昔”という気質の社会特性なのだろうか。
慎重が大事と言うのは否定はしないが、国際競争力や社会変化に対して、タイムリミット意識のある決断・採択と実行を繰り返していかないといけないグローバリゼーションのボーダーレス社会の21世紀社会についていけないのではないか。
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高度成長が成功し、世界最高の福祉国家を理想とした昭和50年代と今の日本は社会基盤が大きく異っている。年齢人口構成も人々の価値観も大きく変化した。正社員・終身雇用を前提とした年功序列制度から、20歳代の半分近くは非正規社員で年長者に対し絶対的な敬服をすることが当たり前ではなくなった。バブル後の”失われた15年”が日本社会を、そこに生活する市民の意識を大きく変えた。
例えば過去には「日本の戦後の高度成長を命をかけておこなってきたお年寄りは大事にしないといけない」という議論は絶対的なものであった。それは現在60歳となりすべての世代で最高に人口の多い段階の世代が30歳前後のときに叫ばれたものである。その当時のお年寄りの対象者と言うのは戦争でかなり人口も減ってしまったという社会背景もあった。若者7人で1人のお年寄りの生活費と医療費を人道的に支えるのは無理ではない。終身雇用で年功序列の年長者敬愛の基本構造もあった。しかしこの社会の基本的な状態が変わった。若者1人が2人のお年寄りの生活費と医療費を支えるという社会になっていきつつある現実があり、このまま老齢者への社会福祉を強要されれば若者が経済的に潰されてしまう、もしくは優秀な人材は海外逃避をしていくであろう。「子どもを作るのは子どもがかわいそうだ」という過去にも世界的にも類をみないであろうパラダイムも生まれてしまう社会ともなっている。「年寄りを大切にしろ」という意見に対し、正社員雇用をされない若者は「若者が日々生きていけるように福祉を考え直して欲しい。そうでないと健保も年金も払えない」という時代になっている。昭和50年代とは大きく違う。
こうした視点で考えると、過去から続くパラダイムの一面にとらわれた保守的な議論を続けるのは、今後の日本社会の問題をおおきく間違える気がする。
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21世紀のミレニアムを境に、大きく国際経済力をつけて成長している国々として、中国・ロシア・ブラジル・中東諸国がある。そしてその前のNIES諸国の韓国・台湾・香港・シンガポールも見逃せない。シンガポールの一人当たりGDPは2007年に日本のそれを追い抜いた。こうしたロシアや中国は、政府指導者の権力が強力であるという特徴もある。(米国の政府指導者の権力も相当に強いが。。。)日本の特徴は逆に政府指導者の権力を弱くしよう弱くしようという性向があるであろう。日本人も少し今までのパラダイムを懐疑的に見ることで生活の基盤となる経済の成長へのピボットターンが始まるのではないかと考えている。過激な意見ととらわれることも多いが、戦前の日本も開発独裁といわれる傾向もあった。それが絶対悪と捕らえられることがあるが、21世紀には国際交易を前提とした国家ではうまく働いている気もする。戦前の日本は「国際交易を捨ててでも侵略して所有するというのが大前提だから国際的に成り立たなくなった」という反省・理解をするのであれば、政府指導者の権力強化の必然性も、米国市民と米国大統領のそれと同様、ロシア市民とロシア大統領のそれと同様がもしかしたらいいのかもしれないという国家的な境地に立つのかもしれない。議論を重ねて考えていると衰退の状態は変わらないであろう。15年後の日本を考え、税制から社会福祉からお金の流れをすべて考え直さないと国民の4割が60歳以上の老人国家となり、先行して既に高齢化して立ち行かなくなっている地方自治体を見れば国家として立ち行かなくなるのを防がなくてはならないと思慮する。
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